ITコンサルティング:序章

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序章:なぜ今、ITコンサルティングなのか

かつてITは、企業活動を支える裏方の存在だった。会計処理を自動化する、在庫管理を正確にする、事務作業を効率化する――こうした目的のためにITは導入され、あくまで「業務効率化の手段」として位置づけられてきた。IT投資はコストとして扱われ、その効果は人件費削減や処理時間短縮など、比較的分かりやすい指標で評価されていたのである。

しかし現在、ITの立ち位置は根本的に変わった。市場環境は急速に変化し、顧客ニーズは細分化・高度化している。競合は国内だけでなく、最初からデジタルを前提に設計された海外企業やスタートアップが相手になる。このような状況下では、ITを前提にビジネスモデルや業務プロセスを設計しなければ、競争そのものに参加できない。もはやITは単なる「導入対象」ではなく、経営戦略そのものと言ってよい存在になったのである。

近年、日本でもDX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が広く使われるようになった。だがDXはしばしば誤解されている。クラウドを導入すること、AIやRPAを使うこと、最新のSaaSを入れること自体がDXだと捉えられがちだ。しかし、それらは手段に過ぎない。DXの本質とは、デジタル技術を活用して「どのような価値を生み出すか」「どのように稼ぐ構造を作るか」を問い直すことにある。ITは経営の選択肢を広げるものであり、戦略そのものに組み込まれて初めて意味を持つ。

一方で、日本企業は複数の構造的課題に直面している。最も深刻なのは人材不足である。特にIT人材は慢性的に不足しており、採用競争は激化する一方だ。その結果、限られた人材に業務が集中し、システムや業務ノウハウが特定の担当者に依存する「属人化」が進む。担当者が異動・退職すれば、誰も全体像を把握できないという状況は珍しくない。

さらに、多くの企業ではレガシーシステムが足かせとなっている。長年改修を重ねてきた基幹システムは複雑化し、変更に時間とコストがかかる。新しい施策を打ち出そうとしても「システムが対応できない」という理由で断念せざるを得ないケースも多い。これは大企業に限った話ではない。中小企業でも、Excelや古いパッケージソフトが実質的な基幹システムとなり、拡張性や可視性に限界を抱えていることが多い。

大企業と中小企業ではIT課題の表れ方は異なるが、共通しているのは「ツールはあるが成果が出ない」という現象である。高価なシステムを導入したにもかかわらず、現場では十分に使われていない。データは蓄積されているが、経営判断には活かされていない。これはITそのものの問題ではなく、経営と業務とITが分断されていることに原因がある。

こうした背景の中で、ITコンサルティングの役割は従来以上に重要性を増している。ITコンサルティングは、単に「どのシステムを入れるか」を提案する存在ではない。本質的な役割は、経営者の描くビジョンや戦略を理解し、それを業務プロセスやIT要件に落とし込むことである。経営の言葉と技術の言葉はしばしば乖離している。その間をつなぎ、双方が同じゴールを共有できるようにする「翻訳者」としての役割が、今まさに求められている。

従来の日本企業では、ITはベンダー任せにされることが多かった。要件定義から設計、開発、運用までを外部に委ね、自社は発注者として関わるだけという構図である。しかしこのモデルには限界がある。ベンダーはシステムを作る専門家ではあるが、企業の経営課題に最後まで責任を持つ立場ではない。その結果、システムは完成したが経営課題は解決しない、という事態が繰り返されてきた。

現在は、内製化や外部パートナーとの対等な協働へと舵を切る企業が増えている。すべてを自社で抱えるのではなく、戦略や意思決定は社内で行い、必要な部分を外部と連携する形だ。その際に重要になるのが、経営視点とIT視点の両方を理解する存在であり、まさにITコンサルティングが担うべき役割である。

本書の目的は、こうした時代背景を踏まえ、ITコンサルティングとは何をする仕事なのか、そしてどのように価値を発揮すべきかを体系的に示すことである。対象読者は、IT活用に課題を感じている経営者や事業責任者、現場でDX推進を任されている情報システム部・DX担当者、そしてITコンサルティングに携わる人材やSE、フリーランスとしてこの分野に挑戦したいと考えている人々である。

ITはもはや専門家だけのものではない。経営に関わるすべての人が、ITを理解し、活用し、意思決定に組み込む時代が到来している。本書が、ITを「分からないもの」「難しいもの」から、「経営を前に進めるための武器」へと変える一助となれば幸いである。